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京都地方裁判所 昭和22年(行)3号 判決

京都市左京区下鴨半木町一七ノ一

原告

島木德三郞

被告

右代表者京都府知事

木村惇

右指定代表者京都府事務吏員

上羽友義

同京都府技術吏員

麻田吉実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

(一)京都府知事が自作農創設特別措置法に基き昭和二十二年六月二十七日原告に交付した買收令書による原告所有の

京都東山区山料竹鼻四丁野町二十三番地ノ一

田 三畝二十四歩を五百四十七円二十錢で

同町二十四番地

田 五畝十一歩を七百七十二円八十錢で

同町二十五番地

田 八畝二十六歩を一千二百七十六円八十錢で

同町二十六番地ノ一

田 六畝十八歩を九百五十円四十錢で

昭和二十二年三月三十一日附を以て買收する行政処分は之を取消す。

(二)訴訟費用は被告の負担とする。

請求原因省略

答弁省略

判決理由

本訴は京都府知事のした自作農創設特別措置法に基く買收といふ行政処分を違法なりとしてその取消を求める訴である。職権を以て按するにかような行政処分の取消又は変更を求める訴(以下行政訴訟と称する)はその処分をした行政廳を被告とすべきであり、國又は公共團体は被告たるの適格を有しないものといはねばならない。

行政訴訟は旧憲法の下においては民事裁判所に裁判権なくそれは行政裁判所の裁判権に属せしめられていたのであるが、日本國憲法の実施に伴い裁判所法が制定施行せられ、同法第三條第一項は「裁判所は日本國憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の爭訟を裁判し、その他法律において特に定める權限を有する」旨規定しその事物管轄は同法第二十五條第三十三條により地方裁判所これを有することが明白である。而して行政裁判所法は裁判所法附則第二項により廃止せられ、明治二十三年法律第百六号「行政廳の違法処分に関する行政裁判の件」は裁判所法施行法第一條により廃止せられ、日本國憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的指置に関する法律は第八條において「行政廳の違法な処分の取消又は変更を求める訴は他の法律(昭和二十二年三月一日前に制定されたものを除く)に特別の定めあるものを除いて、当事者がその処分があつたことを知つた日から六箇月以内に、これを提起しなければならない。但し処分の日から三年を経過したときは訴を提起することができない」旨の規定を設けた。行政訴訟につき右法條以外一般的法規な存しない限り、新しく行政訴訟の裁判権を有するに至つた民事裁判所は前記民事訴訟法の應急指置法第八條を中心に置き民事訴訟法に從つて同法の認むる基本原則同法の定むる手続規定に則り行政訴訟事件を処理しなけれはならないことは言を俟たない。元來行政訴訟は民事訴訟法に全然親しまない性質を有するものでないことは行政裁判所法第四十三條が行政訴訟手続に関し行政裁判所法にも定のない事柄に付ては民事訴訟法を適用しその欠缺を補充すべき場合とその必要を認めていたことから見ても明白であつて、唯行政訴訟が民事訴訟と異なる特質を有するが故に民事訴訟と異なる主義。手続、原則か採られていたのである。今日行政訴訟に民事訴訟を適用するに当つても行政訴訟の特質が要求するものは最小限度において保持して取扱わねばならない。そうしなければ行政訴訟を認むる本來の趣旨目的が沒却されてしまうのである。だからこれを民事訴訟と同一觀念で律し全然同一に取扱うことはできない。それは又法律の要請するところでもあることは行政訴訟は新憲法及び、裁判所法の制定によつて民事裁判所の裁判権に属することになつたものであり、「民事訴訟法は日本國憲法及び裁判所法の制定の趣旨に適合するようにこれを解釈しなければならない」ことを民事訴訟法の應急措置法第二條が規定していることからも明白である。

仭て、行政訴訟は行政廳の違法な處分の取消又は変更を求める訴であるから行政訴訟の目的は公法上の法律關係、公権の保護にあり、その目的物は行政処分即ち國の行政機関である行政官廳又は公共團体の機関のする一方的の意思表示によつて成立し一定の法律的功果を生する公法上の單当行爲であり、この訴訟において判定すべき事項に行政処分の違法なりや否やである。(行政廳の行政処分を自作農創設特別措置法から例示すれば、自作農創設の機関たる市、町、村農地委員会の買收計畫及び買收計畫並びにこれに対する異議の申立に対する決定、都道府縣農地委員会の買收計畫及び賣渡計畫の承認並びに訴願の裁決、都道府縣知事の買收令書の交付及び賣渡通知書のの交付の如きである)右の如く行政訴訟は民事訴訟とは目的、訴訟物等において異なるか、訴訟である以上、訴訟の当事者は必ず之を求むる者とこれに対する関係において求められる者即ち原告と被告の双方の対立かなけれはならぬ。而して行政訴訟は行政廳の行政処分の取消又は変更を求める訴であるから行政訴訟の原告たるべきものはその行政処分に法律上利害関係を有する「当事者」(私人、私法人、公法人、行政廳)でなけれはならず、その被告たるべきものは常にその行政処分をした行政廳に限るものと解さねはならない。このことは正当なる当事者の理論上の当然の帰結である(從來とても行政裁判法は何人が原告たり何人が被告たるべきかについて何等の規定を有なかつたが事理の当然として同樣に解せられていた)。次に当事者能力の問題に觸れると行政廳は私法上の権利義務の主體ではないから、私法上の権利又は利益の保護を目的とする民事訴訟においては行政廳は自ら当事者となることはない。ただ國か当事者たる場合に行政官廳はその訴訟につき國の代表者たるに止まる。然るに私法上の権利義務の主体でない行政廳が自ら行政訴訟の当事者たり得るのは行政訴訟が民事訴訟と異なり行政行爲の当否の判定を求むる手続であるからこれに当事者能力を附與する必要があるに由る、(民事訴訟にあつても当事者能力を訴訟上認める必要と理由のある場合には法は私法上権利の主体でないものに当事者能力を附與している)

行政訴訟について行政廳か当事者能力を有することは民事訴訟法の規定に依據しても説明するを得る。即ち行政廳は行政各部に属し行政法規又は法規に基く處分の結果により自己の意思を以て一定の事務を決定し、その事務に関し自から國家又は公共團体の意思を定め且つ外に対してこれを行い得る権能を與えられている國又は公共團体の機関である。行政法令に從つて公法上の権能を有する者である。ゆえに民事訴訟法第四十五條に当事者能力は本法に別段に定ある場合を除くの外民法その他の法令に從うとあるに照し行政廳は行政訴訟の当事者能力を正に具有するといゝ得るのである。

行政廳が行政訴訟につき当事者能力を有せず訴訟実施権を有しないとしなければならないとすれは行政廳を包容する國又は公共團体か当事者として原告、被告の地位に立たねばならぬがそうすると対立する当事者がない奇妙な場合か生する、例へば國又は公共團体の機関相互の間の行政訴訟即ち所謂機関爭議の如き又訴願の裁決に対し行政廳から提起する不服の訴訟の如き更に自作農創設特別措置法から具体的一例を擧けれは國か自作農創設特別措置法第五條第一項第一号に觸れるとして農地の買收行爲の取消を求める訴訟においては、原告も被告も共に國又は公共團体となり訴訟として成立するを得ないことになることを考うべきである。

以上述べ來つた如く行政処分の取消又は変更を求める訴訟につき被告として訴訟実施権を有する者は当該行政処分をした行政廳であり、自作農創設特別措置法第九條による本件京都府知事のした買收行爲の取消を求むるには京都府知事を被告とすべく、國はこれにつき訴訟実施権を有せず國を被告とするは不適法といわねはならぬ。これに反する原告の見解は採用するを得ない。

なお附言するが「自作農創設特別措置法」第十四條の規定する対價に対する不服の訴は買收行爲そのものは適法なりとした対價についてのみ不服の訴を認めるものであり買收処分の取消又は変更を求める者ではない、從つてこの訴の相手方は國であつて自作農創設の機関たる都道府縣知事ではない。本訴はこの対價の不服の訴ではないし又出訴期間の関係上本訴をこの訴に変更する餘地もない。

よつて本訴請求は不適法として棄却すべく訴訟費用の点につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して主文の通り判決する。

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